平和立国の試練
第5部 「名誉ある地位」とは 座談会(その1)
毎日新聞 6月24日
イラクに駐留する自衛隊の多国籍軍参加によって、未知の領域に踏み出す日本の国際貢献。憲法前文に、国際社会で「名誉ある地位を占めたいと思ふ」と記す日本は理想へ向かって前進しているのか、迷走を続けているのか。90年代から日本政界で国際貢献論議をリードしてきた小沢一郎衆院議員と小島朋之・慶応大総合政策学部長、寺島実郎・日本総合研究所理事長に語ってもらった。(司会は山田孝男政治部長、写真は小林努)

◆出席者
小沢一郎氏(民主党衆院議員)
小島朋之氏(慶応大学総合政策学部長)
寺島実郎氏(日本総合研究所理事長)

◆ごまかさぬ説明・論議を
◇後方支援も戦争だ−−小沢氏
◇不可分の経済・安保−−小島氏。

――小泉政権が取り組む自衛隊の国際貢献、多国籍軍参加の進め方に対する評価からお尋ねします。

小沢 強制力、軍事力による平和や秩序の維持は、諸国民・諸国家の共生のためのほんの一部の仕事だ。しかし、それが国際社会の要請であれば当然、忌避してはいけない。世界の中で日本が役割を果たしていくところに、憲法が(「名誉ある地位を占めたい」との)理想を掲げた意味があると思う。

しかし、銃を持って武装した軍隊を、ウソをついて、ごまかして、非常識な言い訳をして動かすというのは、とんでもない話だ。普通の人は分かる。分かっていないのはマスコミを含めたある種の日本人だ。

(イラクへの自衛隊派遣では)日米関係の強化と、武力行使はしないというのが主な言い訳になっているけれども、どちらもでたらめな話だ。後方支援は、軍事的に言えば兵站(へいたん)ということになるが、これは戦争そのものだ。前線で銃を撃っているだけが戦争ではない。前線の兵士に一番必要なのは水と食糧だ。食糧を運ぶことも戦争だ。太平洋戦争だって、前線で銃を撃って戦って死んだ人は少ない。戦争とはそういうものだ。そういう現実をまったくごまかしている。

政治的には、米国に協力しなければならないということが最大の理由とされている。しかし、こんないいかげんな行為が、どうして日米同盟の強化につながるのだろうか。軍隊を送っているのに、危険な所には行きません、治安維持には当たりません、銃を撃たれたら逃げるか防空ごうに隠れます。それなら、水道屋さんを送ればいいではないか。現にサマワでは、フランスの非政府組織(NGO)が自衛隊の10倍もの水を供給している。

それでも自衛隊を出したのは、北朝鮮で何か起きた時、米国に頼まないといけないからだという。しかし、他人のために自分の命を懸けない人を、相手が命懸けで守ってくれるのか。

危なくない所を、ただ金魚のフンのようについて歩くというのであれば、太鼓持ちの家来みたいなものだ。とにかく付き合っておかないと、何かあった時に困るから、「兵隊さんごっこ」をしましょうという話だ。それでは、米国人の信頼も尊敬も得られない。

寺島 一国平和主義を脱し、日本が国際社会で一定以上の役割を果たさなければならないことに異論はない。まさにこの点が21世紀の日本に問われている。ただし今、我々が選択しようとしているのが「国際貢献」なのか「対米支援」なのか、もう一度じっくり考えなければならない。

日本人がごまかしなく自分自身で確認すべきことが二つある。一番目はイラクの自衛隊について、人道復興支援のための「善意の第三者」として展開しているかのような錯覚がある。あくまで自衛隊はイラクを攻撃し、殺りくして破壊した占領統治軍の一翼を占める形で展開している。二番目に、自衛隊は国際法上の正規の軍隊として展開している。そうでなければ、捕虜になっても戦時国際法上の適用を受けず、逆に誤って人を殺したら国際刑事裁判所で責任を問われることになる。

正規の軍隊であるという意味では、議論になっている「指揮権」の下で、治安維持から一切隔絶して人道復興支援だけ展開することが果たして可能なのだろうか。こうした事実認識に基づき、今の日本が国際社会の中で役割を果たすにはどんなシナリオがあるか、再考すべきではないか。

小島 寺島さんがおっしゃった「ごまかしなく」が一つのキーワードになる。日本はこれまで国際貢献と日本の国内事情を切り離して考えてきた。ODA(政府開発援助)がまさにそうだ。ところが、昨年改定されたODA大綱で、「国際社会の平和と発展に貢献することが日本の安全と繁栄の確保に資する」というつながりを初めて見せた。

国際貢献の中には、経済的貢献があれば安全保障面での貢献もある。(これまでは)それを切り離し、憲法上の制約で安全保障面での貢献はできないと言ってきた。(自衛隊の多国籍軍参加問題という)今回のことは、政治的貢献と経済的貢献がつながっていると認識しなければならないことを示している。

――湾岸危機の時はお金を出して批判され、今回は人が出た。少しは前進したのではないかと思うのですが、小沢さん、「分かっていないバカなマスコミの見方」ということになりますか。

小沢 本当にバカなマスコミだと思うよ(笑い)。僕はあの時、海部内閣で、人的貢献をしなければいけないということで、輸送機を飛ばす段取りまでした。エジプトの空軍基地を借りて、難民が出たら輸送しよう、と。でも、最終的に海部さん以下、防衛庁も、外務省も、みんな反対した。それで、仕方ないからカネくらいは出そうということになった。

寺島 小沢さんはある意味で一貫している。出すなら筋の通った形で出すべきだと言ってきている。だけど、僕は、本当に出すべきなのかという意味で、なぜ軍隊で行く必要があるのか、と思う。イラク戦争自体の正当性というものを振り返ってみると、たとえば、軍隊としての自衛隊がそのまま出て行くのではなく、「平和協力隊」として防衛庁の人が主体になるとしても、警察庁や消防庁、赤十字、NGOなどを連携させる方法もある。

日本人は「イラク戦争とは何だったのか」ということを、ごまかすことなく問い掛けるべきだ。国際社会は、イラク戦争そのものの正当性について省察している。欧州の人々は、100年後に21世紀の写真集が出版されたとして、イラク戦争を象徴する写真が1枚だけ掲載されるとしたら、それはサダム・フセインの銅像が倒されている写真ではなくて、捕虜虐待の写真だろうと言っていた。

自衛隊が占領統治軍の一翼から多国籍軍の一部になるということを、ともすると、米国への肩入れではない、国連軍の一翼を担うんだから、いい方向に向かったという程度にとらえがちだ。だが、竹で木は接げないということを、しっかりと言っておきたい。

◇「仕方ない…」脱却を−−寺島氏

――小島さん、イラク駐留についていかがですか。

小島 多国籍軍に入るのなら、それなりの手続きをしなければいけない。まずは国際貢献と国益の関係を見据えて、どういう行き方を自衛隊はしていくべきなのか、という議論が必要だ。その結果として、「やはり出て行こう」ということになれば、軍政の準備もしなければいけないだろう。専守防衛の自衛隊には無論、軍政の準備などないわけだが。

一つ申し上げたいのは、やはり国連と東アジアは日本にとって非常に大切だということ。今回もアジアから韓国、タイが(イラクに)出て行っている。そういう国々とのネットワークを考えていかないといけないだろう。東アジアの協力・統合について、これまで経済だけで見られてきたが、安全保障についても日本が提案していくことが重要になっていくのではないか。

――小沢さん、自衛隊は撤収すべきだと?

小沢 日本として軍隊を派遣してまで米国と一緒にやるかどうか、きちんとした原則と方針を国民に明示すべきだった。その意味では、自衛隊は撤退というよりも、最初から派遣する理由がない。今回に限らず、たとえ国連の平和維持活動であっても、自衛隊が直接行くより、別組織の「協力隊」が行っていろいろなニーズに応えられるような仕組みにする。軍事的な要素が強い時は自衛隊を主体とした「協力隊」でもいい。二つを分けた方が、国内的にも対アジア関係においても、対米関係においてもいいと思う。「協力隊」は軍人だけでなく、レスキュー隊や治安部隊、衛生部隊なども含んだ組織にして、国際社会の紛争や災害などに幅広く対応できるようにした方がいい。自衛隊は専守防衛という形の軍事力集団にしておいた方がいいだろう。

――いわゆる「別組織」論は非現実的だという批判が多いように思いますが。

小沢 どうして非現実的なのか。役人が縄張りにこだわって(非現実的と)言っているだけ。やる気になればすぐできる。 ――単独行動主義と言われる米国が仕切る今の世界。日本はそれについていくしかないでしょうか?

寺島 イラク戦争以降、日本国民には大変不幸な展開になった。「米国についていくしかないんじゃないか」という「仕方ないんじゃないか症候群」だ。現実的には北朝鮮問題もあるし、米国にこの国は守ってもらってるんだという説明が一定の効果を示し、ある種の意見を沈黙させた。だが、「米国についていくしかないんだ」という自虐的な自己納得の中で歩んでいく危険性こそ認識すべきだ。

冷戦後の10年間、欧州は米国との安全保障上の関係の再設計について、ちゃんと準備をしてきた。たとえば93年にドイツは地位協定を改定し、駐留米軍のステータスを一つずつ見直した。日本の場合、その場の政局の中でだましだましやってきた。それが97年のガイドラインの見直しみたいな形になった。反米でも嫌米でもなく、相互に敬愛できる関係として日米安保のあり方を再設計していくという気迫がなかったら、結局は米国が提示してくるシナリオや要求に対して、先回りして覚えめでたく走り回ることが、日米の良い関係には必要だという選択肢ぐらいしか残されていないことになってオまう。

小島 寺島さんの話で思い出すのは、1960年に安保を改定した時のこと。米国は極東条項の代わりに、「アジア太平洋」を持ち出した。旧安保の極東条項は米国が在日米軍の行動範囲を確保するために入れ込んだのだが、60年の時にはアジア太平洋へと拡大しようとした。日本は岸(信介・元首相)さんも含め、巻き込まれる恐怖のようなものがあって、極東条項存続を主張した。米国に歯止めをかけようと。そういう意識が今の日本には必要だ。

日本にとって日米同盟は非常に重要だが、日本がこれから向かう方向は東アジアであり、日米同盟の継続とともに東アジアの連帯・協力や東亜共同体のような方向性を出して行くことが重要だ。さきほどの自衛隊の別組織論にしても、たとえば東南アジアの場合、昨年のASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議で、2020年のASEAN経済共同体、社会・文化共同体、安全保障共同体と3分野での共同体を目指す宣言を出した。そういう方向を打ち出しているのは非常に重要だ。

寺島 まさにそこのところだ。対米過剰依存の中で、日本は近隣に徹底した信頼関係を構築することに失敗してきたが、米国のアジアに対する戦略と欧州に対する戦略の差を歴史的によく考える必要がある。米国はアジアに対しては分断統治。欧州には、NATO(北大西洋条約機構)にしろEU(欧州連合)にしろ、多国間の仕組みが出来上がっていくことを前提としてかかわっている。

たとえば東アジア経済会議(EAEC)構想でも、アジア危機の時に日本が提示したアジア版IMFのアジア通貨基金(AMF)構想にしても、ひょっとしたら米国が排除されるかもしれないアジアの連携に非常に神経質になる。したがって、米国を巻き込みながら東南アジア、東アジアに日本の連携の仕組みを重層的に構築し、日米同盟と両輪のように展開していくことが日本の21世紀にとって重要だ。

◇湾岸危機と日本の貢献

「湾岸危機」は90年8月、イラクの隣国クウェートへの侵攻で始まり、91年1月、米国を中心とした多国籍軍のイラク空爆で約3カ月間の「湾岸戦争」に発展した。日本は多国籍軍には参加せず、総額130億ドルもの財政支援をした。しかし、「人的貢献はない小切手外交」と国際的に批判を浴びた。湾岸戦争直後、自衛隊掃海艇をペルシャ湾に派遣。初の自衛隊海外派遣となった。

今回のイラク戦争に伴うイラク復興特措法の成立に際してAP通信は、「湾岸戦争で批判された『小切手外交』からの脱却を目指す小泉首相の勝利」と報じた。
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