<第1回>
声帯を痛め、一時、都内の病院に入院していた民主党の小沢一郎代表が、本紙の単独インタビューに応じた。もう声はすっかり大丈夫のようで、まず、飛び出したのは痛烈な麻生首相批判だ。麻生は月刊文芸春秋の最新号(今月10日発売)で<小沢代表よ、正々堂々と勝負しよう>と呼びかけた。<私は決断した><国会の冒頭、私と自民党の政策を小沢代表にぶつけ、賛否をただしたうえで国民に信を問おうと思う>と書いた。誰が見ても早期の「衆議院解散宣言」だが、その後、麻生は「いつ解散をやるなんて書いていない」「まだ(小沢氏から賛否の)答えをいただいていない」などと屁理屈をこね、解散・総選挙から逃げ回っているのである。麻生太郎ならぬ、「ウソう太郎」に、小沢代表はこう迫った。
麻生総理は新内閣のスタートに当たって、「内閣総理大臣」の肩書で月刊誌に論文を発表し、総理としての所信を明らかにしました。その中で、「臨時国会の冒頭、国民に信を問う」とハッキリ書いていらっしゃる。しかも、原稿執筆後の先月29日、国会でその論文とほぼ同趣旨の所信表明演説を行った。それなのに、いろいろと屁理屈を言って、解散から逃げ回っているみたいですね。 たった数日で言動が180度異なる。国民はどう思うでしょうか。特に最近、日本の最高権力者の言葉が余りにも軽く、余りにもいい加減になっています。総理大臣の言動が軽薄だと、政治への信頼が失われてしまう。国民が政治を信用しなくなる。僕が最も恐れているのは、そういうことです。 要するに、いま選挙すると負けそうだ、選挙が怖い、ということでしょう。総理大臣としては、はなはだよろしくない。 麻生総理は僕が総理の質問、つまり補正予算案への賛否について答えていないと言うが、ちゃんと答えています。テロ特措法案への対応についても、こちらの原則を述べて、だから反対ですよ、と申し上げている。 そもそも、国会の代表質問とは国務大臣、特に総理への質問の場ですよ。そのルールを変えて、お互いにやり合いましょうというのであれば、そうします。しかし、そういう話もなしに、総理はいきなりルールを無視して「逆質問」をしてきた。それに直接答えるのも変だから、僕は自分の所信を語り、間接的に反論したのです。あれで賛否が分からないのであれば、よっぽどおかしいのではないか。政治家としてレベルが低すぎると思います。 いずれにしろ、こうやって、解散・総選挙から逃げ回っていたら、自民党の中もメチャクチャになっていくのではないですか。僕が許さないというより、国民が許さない。これだけの世界的経済危機が押し寄せて来ているのに、自民党は総選挙をしないまま3人も首相を代え、政権のたらい回しを続けている。世界に例のない異様・異常な事態です。 福田政権の時、来年9月の任期満了まで解散しないで引っ張るのではないか、という見方があり、マスコミの方から、その場合どうするのかと聞かれたことがあります。僕は「いや、解散は早い」と断言しました。国会のテクニカルな話ではない。解散から逃げ続けることは国民が許さない、国民の指弾を受ける、解散せざるを得なくなる、ということです。事実、その通りになってきたわけです。 麻生総理も、国民の「解散せよ」という声から逃げることはできません。もし、逃げ続ければ、「解散はイヤだ、イヤだ。選挙が怖い」と言いながら、解散せざるを得なくなる。ものすごくみっともない解散になります。 麻生総理が家系と血筋を誇るのであれば、それにふさわしい正々堂々の戦いをすべきです。総理自身が月刊誌で「正々堂々と勝負」と宣言している通り、勝つも負けるも正々堂々。当たり前のことです。
<第2回>
衆議院解散・総選挙から逃げ回る麻生首相に「逃げてもムダ」と迫った民主党の小沢代表。しかし、国民の間には小沢政権への不安もある。細川連立政権の二の舞はないのか。官僚を敵に回して、政治を動かしていけるのか。何よりも、小沢氏が首相に就いたとして、政権ぶん投げはないのか。「小沢政権構想」も聞いてみた。
総選挙に勝てば、僕が総理大臣をやる覚悟です。日本の政治、経済、社会は正に、画期的な時期に遭遇している。その時に、民主党代表である以上は、その役職と使命を引き受けなくてはならないと思っています。衆議院の任期は4年ですから、4年間をひと区切りにして、さまざまなプロジェクトと、それを実行するプログラムを考えています。 細川連立政権に対する反省は、当然あります。細川政権は僕らが自民党を割って出たことでできましたが、とにかく政治を変えなければいけないということで寄せ集めたので、短命に終わってしまった。でも、もうその失敗は繰り返しませんよ。 あれから15年経ちました。ようやく、幕藩体制を倒し、文明開化が始まる。その時が来たな、と感じています。 日本人にはこれまで、政権交代というもののイメージがなかったと思います。ちょうど、幕末の頃、徳川幕府が倒れるなんて誰も想像できなかったようにね。自民党政権が余りにも長く続いてきたからです。しかし、最近は変わってきた。国民生活が圧迫され続けたうえに、不景気の物価高。年金も医療もダメで、役所は腐敗だらけ。国民もようやく、自分たちで政治を変えようと考え始めたのだと思います。 国民だけでなく、野党の政治家もそうです。薩摩と長州がケンカしていては始まらない。大同団結しなければ、自民党という幕藩体制は倒せない。幸い、野党は民主党に集約してきて、民主党内も一つになった。決戦の態勢が整ったわけです。 細川政権は寄せ集めだったが、今度は日本の憲政史上初めて、二大政党制の中で政権を争うことになります。それがうまくいけば、本来のオーソドックスな議会制民主主義が日本に定着すると思います。 自民党は世界金融危機を理由に、「自分たちでなければ、危機を乗り越えられない」といった言い方をしていますが、大ウソです。麻生総理は補正予算案の審議に入ってもいないのに、いきなり「民主党は補正に賛成か反対か」と絶叫しましたが、審議の前に賛否を問うなんて、そんなバカな話はありません。議会を無視しているし、言論は不要という態度です。しかも、一次補正の審議を始める前に、「二次補正が必要だ」と言う。バカにするにもほどがある。一次補正は何の役にも立たないことを、自ら宣言したようなものです。 大体、世界が経験したことのないようなこの経済危機は、補正を1兆円、2兆円積み上げて解決できるような事態ではない。そうした数字の積み上げは役人的ですが、自民党政治は結局、役所の延長線上でしか対応できないし、その役所は大きな危機には対応できない。危機への対応、大方針の決定は政治の果たすべき役割であり、しかも、国民の支持を得た政権だけが大胆な決断を成し得るのです。 それなのに、自民党は「選挙はしません。でも、我々に任せて下さい」と言う。そんな無責任な自民党に任せていたら、日本経済は危機に翻弄されるだけです。一刻も早く選挙をやって、国民の支持を得た政治家が思い切った減税なり財政支出を断行する。選挙こそが、最も効果的な最大の経済対策なのです。 役人が作ってきたペーパーに予算をつけても効果はない。いらない予算は全部切る。必要なところにはつける。役人のレジャー費への転用などは論外として、不要・無用の予算は一杯ある。それを止めて、子ども手当に回す。高速道路を無料化する。そうやって、国民の生活を守るセーフティネットをつくる。予算を全面的に組み替えるのです。 役人が抵抗するのではないかと心配する人もいます。しかし、政治家が筋道の通った話をすれば、役人も抵抗できないものです。 要は、政治家がまず、明確にビジョンを示すこと。自民党はそれをやらずに、役所と癒着してきた。役所は選挙で当選させるほどの力はないが、落とす力はある。それで、持ちつ持たれつの関係になったのです。 優秀な役人ほど、僕の考え方に賛成してくれると思いますよ。役人を上手に使わないと霞ヶ関改革はできませんね。さて、どの役人を使うか。具体的な名前は言えませんが、僕の志や理念を理解してくれる優秀な役人は、各省庁にいると思っています。志のある官僚を揃えて、政治主導で改革を行う。そうすれば、明治維新のように国が変わり、国民の生活が変わる。国民が主役の政治が、初めて機能し始めるのです。
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